なに?なんで?をかんじること
2015年 10月 23日
お散歩中、畑でこんなものを見つけました。
保育士「これなあに?」
「んー?知らん!」
すぐ「知らん」で終わらせる子が何人か。。。
「えっと、メロン」「スイカちゃう?」
「このカタチはマンゴー!」
4歳5歳なりの経験や知識を総動員して答える子たちも。
保育士「食べたこと、あるよ。給食に出てるよ。」
子ども「ええー!?うそーん!!」。。。すぐ「ウソ!?」って言わないで~~
保育士「これ、と がつくよ。」
子ども「トマト!」「ト、ト、トウモロコシ!」
ブログをご覧の皆さんはおわかりですか?
これは「冬瓜」とうがん です。
保育士「とうがんって言うんやで」
子ども「ふーん、とうがん」
そこに地域のおばあちゃんが通りがかって「これ、なにか知ってる?」
子どもたち得意げに「とうがーん!」
良く知ってるね!炊いたら美味しいよね!と褒めてくれました。
秋の季節のあれこれ。
畑の実りや木々の紅葉も、保育士が見つけては子どもたちに気付かせます。
「ほら、あの木、うえ半分が赤くて下は緑やで。なんでやろな。」
「きれいな赤い実があるよ、うえをみてごらん」
ふーん、と上を見上げる子。
「なんで赤くなるん!?」と質問する子。
そして
「は?」なにがおもろいねん、という感じでシラけてる子も。
なんでもすぐに「知らん」「わからん」と会話が終わってしまう子も。
そういう姿を見ると
子どもらしい興味関心にきちんと大人は答えてあげているかなあ?と
つい思うのです。
そんなことを言うと
「別に紅葉を知らんかて、生きていけるし!」とか
「生活カツカツで紅葉とか見てる余裕ないし!」とか
そういう声も聞こえてきそう。。。
たしかにそうかもしれません。
秋の季節を知らなくても、木々の紅葉に気付かなくても
毎日の生活は回っていきます。
余裕がない生活のあわただしさに翻弄されている大人は私も同じ。
でも
だからこそ、子どもたちと「葉っぱが赤いね」「ドングリがあった」
「雲がモコモコしているね」という小さな「発見」「変化」を共感して
ほしいなと思うのです。
そういうことができる時代は、子どもが小さい時だけなんですよね。
藻川の川辺に降りるコンクリート護岸。
みんな、こんなとこ降りるの!?怖い!でも行きたい♪
小さな流れをどうやったら渡れるか、試行錯誤。
石で足場を作って飛び越えたり。
ちょっとハマってしまう子も。
川辺では石投げです。大きな石を思い切りドブーン。こんなことも自然のなかでこそ。
水切りにもチャレンジ。
保育士がやると「どんな石がいいの」「ひらべったいやつ?」「これ?」
これも「科学」
生活や遊びのなかで
「なに?なんで?」を感じる心。
小さな変化や発見を喜んで興味をもつ心。
こういう心もちを育てる事が、保育園の教育だと思います。
それが強固な下支えとなって、就学後の知力につながっていくのです。
なんでも「知らんわからん」ですませる癖をつけないで
子どもたちの「なんで?なに?」をたくさん引き出す保育と子育てを
保育園とおうちの両輪で進めていきたいですね。
宇宙さん、海賊スッパイヤロウからまたまた手紙を見つけました。
今は地図の推理に夢中です。(^o^)
,
保育士「これなあに?」
「んー?知らん!」
すぐ「知らん」で終わらせる子が何人か。。。
「えっと、メロン」「スイカちゃう?」
「このカタチはマンゴー!」
4歳5歳なりの経験や知識を総動員して答える子たちも。
保育士「食べたこと、あるよ。給食に出てるよ。」
子ども「ええー!?うそーん!!」。。。すぐ「ウソ!?」って言わないで~~
保育士「これ、と がつくよ。」
子ども「トマト!」「ト、ト、トウモロコシ!」
ブログをご覧の皆さんはおわかりですか?
これは「冬瓜」とうがん です。
保育士「とうがんって言うんやで」
子ども「ふーん、とうがん」
そこに地域のおばあちゃんが通りがかって「これ、なにか知ってる?」
子どもたち得意げに「とうがーん!」
良く知ってるね!炊いたら美味しいよね!と褒めてくれました。
秋の季節のあれこれ。
畑の実りや木々の紅葉も、保育士が見つけては子どもたちに気付かせます。
「ほら、あの木、うえ半分が赤くて下は緑やで。なんでやろな。」
「きれいな赤い実があるよ、うえをみてごらん」
ふーん、と上を見上げる子。
「なんで赤くなるん!?」と質問する子。
そして
「は?」なにがおもろいねん、という感じでシラけてる子も。
なんでもすぐに「知らん」「わからん」と会話が終わってしまう子も。
そういう姿を見ると
子どもらしい興味関心にきちんと大人は答えてあげているかなあ?と
つい思うのです。
そんなことを言うと
「別に紅葉を知らんかて、生きていけるし!」とか
「生活カツカツで紅葉とか見てる余裕ないし!」とか
そういう声も聞こえてきそう。。。
たしかにそうかもしれません。
秋の季節を知らなくても、木々の紅葉に気付かなくても
毎日の生活は回っていきます。
余裕がない生活のあわただしさに翻弄されている大人は私も同じ。
でも
だからこそ、子どもたちと「葉っぱが赤いね」「ドングリがあった」
「雲がモコモコしているね」という小さな「発見」「変化」を共感して
ほしいなと思うのです。
そういうことができる時代は、子どもが小さい時だけなんですよね。
藻川の川辺に降りるコンクリート護岸。
みんな、こんなとこ降りるの!?怖い!でも行きたい♪
小さな流れをどうやったら渡れるか、試行錯誤。
石で足場を作って飛び越えたり。
ちょっとハマってしまう子も。
川辺では石投げです。大きな石を思い切りドブーン。こんなことも自然のなかでこそ。
水切りにもチャレンジ。
保育士がやると「どんな石がいいの」「ひらべったいやつ?」「これ?」
これも「科学」
生活や遊びのなかで
「なに?なんで?」を感じる心。
小さな変化や発見を喜んで興味をもつ心。
こういう心もちを育てる事が、保育園の教育だと思います。
それが強固な下支えとなって、就学後の知力につながっていくのです。
なんでも「知らんわからん」ですませる癖をつけないで
子どもたちの「なんで?なに?」をたくさん引き出す保育と子育てを
保育園とおうちの両輪で進めていきたいですね。
宇宙さん、海賊スッパイヤロウからまたまた手紙を見つけました。
今は地図の推理に夢中です。(^o^)
,
by hikarinokohoikuen
| 2015-10-23 17:29
| 太陽の子保育園の様子
|
Comments(0)